「だが、あなたがたが散らされて自分の家に帰ってしまい、わたしをひとりきりにする時が来る。いや、既に来ている。しかし、わたしはひとりではない。父が、共にいてくださるからだ。これらのことを話したのは、あなたがたがわたしによって平和を得るためである。あなたがたには世で苦難がある。しかし、勇気を出しなさい。わたしは既に世に勝っている。」ヨハ 16:32-33
私たちは、多くの場合、神の御臨在を感じなくなるときや、思う通りにならないとき、苦しい目に逢うときに、神に見捨てられているとか、神に忘れられているとか、神が私たちを助けてくださらないなどのように感じて、不安になりがちではないでしょうか。そして、そうなると神の導きに忠実に従うことができなくなるのです。イエスは、どんなときでも、父である神は一緒にいてくださり、必ず助けてくださると確信していましたので、与えられた使命を完全に果たすことができたのです。
私たちは、いつも一緒にいてくださると約束してくださったイエスに信頼して、どんな状態においても、イエスを頼りにして、イエスの勝利にあずかることができますように祈りましょう。

「それから、イエスは言われた。「全世界に行って、すべての造られたものに福音を宣べ伝えなさい。・・・信じる者には次のようなしるしが伴う。彼らはわたしの名によって悪霊を追い出し、新しい言葉を語る。手で蛇をつかみ、また、毒を飲んでも決して害を受けず、病人に手を置けば治る。」マコ 16:15-18
イエスは、ご自分の受難、十字架の死と復活によってすべての人々をあがなってくださいましたが、世界は全然変わっていないように見えるのではないでしょうか。つまり、イエスがこの世に来られる前と同じように人々は罪を犯しているし、前と同じように苦しんでいるし、前と同じように死ぬということなのです。
「あなたがたがわたしの名によって何かを父に願うならば、父はお与えになる。今までは、あなたがたはわたしの名によっては何も願わなかった。願いなさい。そうすれば与えられ、あなたがたは喜びで満たされる。」ヨハ 16:23-24
イエスの名は、魔法の言葉ではありません。つまりイエスの名を述べるだけで、すべての願いがかなえられるとか、欲しいものを何でも手に入れることができるわけではありません。イエスの名によって祈るとは、イエスが父である神と心を一つにして祈ったように、イエスと心を一つにして祈ることなのです。
私たちは、父である神が私たちのすべての真の必要性を満たしたいと望んでおられることをますます強く信じ、神に信頼することによって、神が私たちの中で、また、私たちを通して益々自由に働き、私たちに関するご自分の計画を実現することができますように祈りましょう。
「ところで、今はあなたがたも、悲しんでいる。しかし、わたしは再びあなたがたと会い、あなたがたは心から喜ぶことになる。その喜びをあなたがたから奪い去る者はいない。」ヨハ 16:22
成長するためには、慣れてきた考え方や生き方を手放す必要があり、場合によって慣れてきた環境を離れる必要もあります。同時に、慣れていない考え方や生き方を身に着ける必要や慣れていないところに進む必要があります。ですから、成長には、必ず悲しみや不安などのような苦しみが伴うわけです。
私たちはイエスに信頼して、イエスの導きに従って、慣れてきた道を離れて、慣れていない道を歩むことによって心の中で何よりも強く求めている目的に到達することができますように祈りましょう。
「はっきり言っておく。あなたがたは泣いて悲嘆に暮れるが、世は喜ぶ。あなたがたは悲しむが、その悲しみは喜びに変わる。」ヨハ 16:20
人間は誰かを愛するようになると、この人の苦しみは自分の苦しみになります。また、この人と一緒にいることができないとか、話をすることができないというようなことも苦しみをもたらします。このように愛に伴う苦しみを避けるために愛そのものを諦める人が大勢いるようですが、苦しみの中にも愛にとどまる人の愛だけが完成されるのです。
愛によってイエスと結ばれた私たちは、どんな状況においてもこの愛に忠実に生きることができますように、そして、私たちの愛が完成され、この世が知らない喜びの内にイエスとともに永遠に生きることができますように祈りましょう。
「その方、すなわち、真理の霊が来ると、あなたがたを導いて真理をことごとく悟らせる。その方は、自分から語るのではなく、聞いたことを語り、また、これから起こることをあなたがたに告げるからである。その方はわたしに栄光を与える。」ヨハ 16:13-14
イエスを知るために神のことばである聖書を読むこと、読んだことの理解を深めるためにそれを黙想したり、それについて勉強したりすることが大事ですが、決定的なのはイエスが遣わしてくださった聖霊を受け入れ、聖霊の導きに従うことなのです。
私たちは、理解したことや正しいと思って、神の望みであると信じたことを実行することによって、聖霊の導きに従うことができますように祈りましょう。
「実を言うと、わたしが去って行くのは、あなたがたのためになる。わたしが去って行かなければ、弁護者はあなたがたのところに来ないからである。わたしが行けば、弁護者をあなたがたのところに送る。その方が来れば、罪について、義について、また、裁きについて、世の誤りを明らかにする。」ヨハ 16:7-8
イエス・キリストが遣わしてくださった聖霊は、神の愛についての真理だけではなく、私たちの罪をも表してくださっていますので、聖霊の働きは私たちの内で喜びだけではなく、悲しみをも起こすのです。
私たちは、聖霊のすべての働きに協力することによって、あらゆる罪や執着、また他のすべての妨げるものから解放されて、神の愛と命を受け入れることができますように祈りましょう。


ようこそ!